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黒田崇矢

くろだ たかや
黒田 崇矢
プロフィール
本名 黒田 隆哉(読み同じ)[1]
愛称 黒ちゃん[2]
性別 男性
出身地 日本の旗 日本東京都[3][4]
生年月日 (1965-04-17) 1965年4月17日(60歳)
血液型 AB型[3][4]
職業 俳優声優
事務所 アクセルワン[5][6]
公式サイト 黒田 崇矢|タレント|アクセルワン
公称サイズ(時期不明)[4]
身長 / 体重 183 cm / 77 kg
声優活動
活動期間 2000年 -
ジャンル アニメゲーム吹き替えナレーション
俳優活動
活動名義 黒田 隆哉(くろだ たかや)
活動期間 1980年代 - 2000年
ジャンル テレビドラマ映画舞台
声優テンプレート | プロジェクト | カテゴリ

黒田 崇矢(くろだ たかや、1965年4月17日[4][7] - )は、日本俳優声優東京都出身[3][4]アクセルワン所属[5][6]。本名・旧芸名は黒田 隆哉(読み同じ)[1]

来歴

ブラジルの帰国子女である[8][9]

腰椎分離症、すべり症、椎間板ヘルニア、頚椎挫傷、腰椎挫傷などを患っており、16歳の時に歩けなくなり、大学病院2つと救急病院1つに「30歳までには完全に歩けなくなる」と宣告されたという[2][10][11][12]。その時は治療法も無く、医者から「一部分だけ治せるかもしれない手術をしていたところで、そこが良くなっても[注 1]、メスを入れた事により、悪い部分がバランスがおかしくなったり、痛みが増したりするかもしれない」と言われたという[2]。その時にスポーツ選手格闘家などの色々な夢を断念して、役者を目指したという[2]

1984年文学座養成所入所[13][7](23期)。玉川大学卒業[1][7]2000年公開の『どら平太』までは旧芸名「黒田隆哉」として[1]、俳優として主にテレビドラマ映画舞台に出演していたが、その年からは持病による体調不良などもあり俳優業を休業[2][14]。当時は撮影に向け、万全な準備をしていっても起き上がれず、壁や椅子を使い、腕で支えないと立てず、座る事も出来ず、役者の泊まっていたホテルのママに寝ながらスプーンで食べられる物を作ってもらい、それを食べる日々であった[2]。その時に痛み止めも効かなくなってしまっていたため、ブロック注射を打ち、神経を麻痺させ、コルセットで身体中ぐるぐる巻きにし、油汗を流しながら撮影をこなしていたという[2]。そんな状態で撮影をしていたため、早朝から深夜まで持つわけもなく、スタッフやキャストに多くの迷惑をかけ続けていたが、「身体悪いのは解ってるから、気にしなくていいんやで!」と、優しい声をかけてくれた人物たちに支えられながら、医者の想定を覆して30代半ば頃までも俳優として活動していたという[2]。俳優業を休業後、前々から車椅子になっても出来るようなバーセレクトショップなどの他の仕事の準備を始めていた[14][15]

ある時知り合いから「声優だったら身体の負担も少ないのでやってみませんか」と強く誘われたことで声優へ転身[14][15]。当時は職業としての声優がある事すら気付いていなかったほど「声優界」と掛け離れており、前々から少しずつ準備していた世界で別の人生をスタートさせることしか頭に無かったため、当初は断り、体調の様子を見ながら次の仕事の準備を始めていたという[15]。数か月後、「取りあえず、少しだけでもやってみませんか?やってみて、合わないなと思ったら、直ぐに辞めても結構ですので!それからでもお店は遅くないんじゃないですか?」と数回に渡って熱心に誘ってくれたため、声優としての活動を始めたという[15]。その後はアニメゲーム吹き替えナレーションなど声の仕事を行うようになる[7]。その際、芸名を現在の「黒田 崇矢」に改名する。

過去には伊藤事務所(1989年)(この間別の事務所に変更している)[13]さいど事務所(1993年)[13]紅屋25時(2000年)[13]青二プロダクション(2001年)[16][13]マウスプロモーション(2004年)[13]ウォーターオリオン(2006年)[17]に所属し、ウォーターオリオン所属時にはドラゴンカフェ声優塾で講師も兼務していたが、2008年2月組織変更に伴う塾の閉鎖と業態変更によって同社を退所。フリー期間を経て、2008年5月より同じくウォーターオリオンに所属し、番組での共演もあった金谷ヒデユキと共に81プロデュースに所属となった[18]2012年7月、81プロデュースを退社し、フリーとなる[19]。同年12月からアクセルワンに所属。

2013年ファミ通アワード2012にて「キャラクターボイス賞」を受賞[20]

人物・エピソード

声種バリトン[21]

資格普通自動車免許自動二輪(中型)免許[6]

俳優時代は安定して生活出来ていたが、声優としての活動を始めた当初は難しく、36歳にしてほぼ無収入となった[22]。舞台からテレビに行っていた時も全く同じ経験をしていたため、大山倍達の言葉「生涯一書生」で「この精神で!ゼロからのスタートを切ろう!」と決め、愛車を手放して中古のバイクに買い替え、スポーツクラブも私立から区立に切り替えた[22]。その後10年半、必死に頑張り我慢し続けたが、元々車派だったため、46歳でジューク[23][24]を購入したという[25]

趣味はファッション全般、掃除、収納、洗濯[6]パチンコ[4]。特技はバスケットボール野球キックボクシング[6]

背骨頸椎)を痛めており[26][27][28]、その関係で弱視である。そのため、メディアに出演する際は度入りサングラスを着用している。

「ギャグは他人が不快感をおぼえたら成立しない、センスがない奴はギャグ言うな」と発言するなど、ギャグにはこだわりがある。また駄洒落を嫌悪している[29][30]が、『エレメントハンター』の最終話では、連呼するシーンが存在する。

キックボクシングの経験者であり[6]、『龍が如く』で自身が演じる主人公桐生一馬役のモーションキャプチャ担当者に格闘技のアドバイスを行った。

「売れてキャリアがあり挨拶もせず偉そうにしてる人がいない現場は少ない[31]」、「ある大きな事務所にいた時気持ちよく挨拶が出来ない奴が多すぎた[32]」と語るなど、礼儀や挨拶については大事にするように言及している。また「自分さえ良い思いができればいい、自分の言った言葉にいっさい責任を取らない人間が多い[33]」など、自分の行動やその結果などに責任を負うべきという信念もある。それに加え「インターネット上の発言は公人だけがするべきだ」と語るなど、言責は明らかにすべきという立場を取っている。

「仕事をする際に心がけていること」として、「準備をしっかりしていくことや遅刻をしないこと、現場の空気を良くすることやプレッシャーで硬くなっている新人たちの力を抜いてあげること」をずっと守っている[14]

文学座養成所同期には「龍が如くシリーズ」で共演している宇垣秀成真島吾朗役)がいる。

出演

太字はメインキャラクター。

テレビアニメ

2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
2015年
2016年
2017年
2018年
2019年
2020年
2021年
2022年
2023年
2024年
2025年
2026年

劇場アニメ

2004年
2007年
2013年
2014年
2016年
2017年
2018年
2019年
2021年
2022年
2023年

OVA

2003年
2004年
2006年
2007年
2009年
2010年
2011年
2012年
2015年
2019年
2021年
2024年

Webアニメ

ゲーム

2000年
2001年
  • ザ・キング・オブ・ファイターズ2001(麟、ロン)
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
  • ザ・キング・オブ・ファイターズ2002 UNLIMITED MATCH(麟、ロン)
  • 戦国無双3(服部半蔵)
  • NARUT-ナルト- 疾風伝 龍刃記(龍代クロマ
  • 無双OROCHI Z(服部半蔵)
  • 龍が如く3桐生一馬
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
2015年
2016年
2017年
2018年
2019年
2020年
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2022年
2023年
2024年
2025年

ドラマCD